歪羽


私だけ 何故 みんなと違うのだろう。

みんな白い羽根が二つ付いている。

それなのに私の羽根は片方黒い。

生まれた時から歪な存在だった私は、生まれてすぐ、国の研究機関に売られた。

赤ん坊の私の前で母親は金を受け取り何処かに消えた。

生まれる前はあんなに楽しみにしていてくれたのに……

「歪があるから私はいらないの?」

その時赤ん坊の私はそう思って泣いた。

私達の種族は生まれる前から記憶がある。

母親の胎内にいる時から、生まれた瞬間も、生きている間の事は何もかも憶えていて。

忘れる事が出来ない。

憶えたくない事だっていっぱいあるのに…迷惑な力だと思う。


私のいる研究機関には私も含め歪な存在ばかりがいた。

腕の足りない者、足の足りない者、羽根が無い者、私のように羽根の色が違う者もいた。

が、彼らに共通していたのは、不思議な力が使えるという事だった。

しかし、私にはそれすらなかった。

不思議な事など何も出来ないのだ。

研究所の大人が私の扱いに困っているのは明らかだった。

大抵の者は十歳になる前に能力に目覚める。

しかし、私はもうすぐ十四歳。

この年まで目覚めない者は初めてなのだと誰かが言っていた。

そんな訳で私はここでも歪だった。

私より小さな子供達が毎日のように開眼し、いなくなる。

それでも私はずっとここにいなくてはならなかった。

ある日、大人がやってきて私に言った。

「十四歳の誕生日が来るまでに開眼しなかったら、君を処分する事になったよ」

処分……具体的には言わなかったが、きっと殺すという事なのだろうと私は思った。

ここは国の機関だ。

国の役に立たない者をいつまでも置いてはおけないという事なのだろう。

「わかりました」

私はそう言った。

私に死刑宣告した大人は申し訳なさそうな、悲しそうな顔をしていたので、私は笑いかけた。

「そんな顔しないでください。今までここにおいてくれただけでも感謝しています。それに誕生日まではまだ三日あります。そう絶望するような事じゃないですよ」

大人は私の頭をクシャッと撫で立ち去った。

正直な所、私は死ぬのだろうと思う。

残り三日で開眼するのなら、とっくの昔に開眼しているはずだ。

まあ、下界から隔離されたこの施設にいたおかげで私は今日まで生きて来れたのだろうと思う。

それには感謝している。
親が反対したのか、少し大きくなってから売られて来た子が言っていた。

外は酷いところだと。

歪な存在は徹底的に虐げられる。

精神的にも肉体的にもボロボロになると。

そんなところではきっと何日も生きられない。

そんな悪意だけの世界ではすぐに潰されてしまう。

だから、ある意味では母親の判断は正しかったのだろう。

母親がそこまで考えたかは知らないが。

残り三日しかないのならその間精一杯あがいてみようか。

そんな事をふと思った。

それ位しか、恩返しが思いつかなかったのだ。

ここまで生かしてくれた事への恩返しがしたかった。

「すみません。特殊訓練を受けたいんですが」

私は、大人に言った。

特殊訓練と言えば聞こえは良いが反抗的な者や決まりを破った者へ与えられる拷問の事だ。

私は受けた事がないが、その苦痛は殺してくれと懇願するほどだと聞く。

「どうして君が?」

驚きの表情で首をかしげる大人に、私は笑って手に持っていた本のページを破いた。

「これで受けられますか?」

「ちょっ……君、止めなさい!」

声を上げる大人の目の前で私は本を破り続けた。

一番好きな本を。

これは私の決意。

本には申し訳ないと思うけど、この位しないときっと入れない。

私は程なくして、特殊訓練室に連れて行かれた。

中は血なまぐさく、凄惨な行為が行われてきたんだろうと容易に想像できた。

「全く……君はそう言う者ではないと思っていたのに、残念だよ」

そう言った大人の顔はニヤニヤと下卑た笑みを浮かべていた。

この大人はきっとこういう事が好きな大人なんだろう。その方が助かる。

仲間のピンチや自分に危機が迫った時に眠っていた力が目覚めるヒーローやヒロインの話をいくつも読んだ事がある。

私に仲間と呼べる子はいないから、きっと自分に命の危険が訪れることで力が発揮されるのではないかと考えたのだ。



特殊訓練は噂通り酷いものだった。

昼も夜もない恥辱と暴力に満ちた拷問は、私を精神的にも肉体的にも追いつめていった。

どうして発狂しないのか、どうして死んでしまわないのか、いっそ壊れてしまえば楽なのに……

そう誰も私など求めて、愛していないのだからとっとと死んでしまえばいいのに。

「気分はどうだい?悔い改める気になったかな」

もう何でここに入ったのかも解らなくなっていた。ただ、

「どうして……生まれて…きたの」

それだけが頭の中を埋めていた。

母もいらないから私を売った。

施設でも力に目覚めない私は役立たず。

そしてこんな所で拷問されている。

どこで間違ったのか、何がいけなかったのか、私の存在自体がいけなかったのだろうか。

「貴方は国の為に生まれてきたのだよ。国に生き、国の為に働くのが君の生きる意味だ」

拷問をしていた大人が手を止め、耳元で囁いた。

国の為?

この国は私を求めてくれるの?

「そうだよ。この国の為に君が働けば、それだけこの国は良くなる。国の為に働けば君が生まれてきた事は無駄じゃなくなる」

国の為に働けば?

私は無駄じゃない?

本当に?

「そうだ。忠誠を誓え。死にたくはないだろう?」

 死にたくない?

 でも……

私はもうすぐ…

殺される…

…でも、それでも……

「…誓います。」

そうだ。

誓おう、国の為に生きると。

ここしか私の生きるところはないのだから。

ここしか私を求めてくれるところはないのだから。

「よし。訓練終了だ」

大人の言葉に私は心底ほっとした、目的は達せられなかったのに。

なぜか心は晴れ晴れしていた。

結局私の予想は外れ、覚醒しないまま誕生日がやってきた。

朝、大人達がやって来て私は立ち入り禁止区域へと連れて行かれた。

子供が見てはいけない物がたくさんあるから入ってはいけなかったのかな。

死刑の道具とかがあるから。

そんな事をのんびり思っていた。

特殊訓練から帰ってきてから、私は妙にすっきりとした気持ちだった。

そのはずだった。


そこは椅子が一つあるだけの狭い部屋だった。
しかし、その椅子には手足と羽根を拘束する為の金具が付いていて、その頭上には黒い雲。

「そこに座りなさい」

私は頷き、椅子へと座った。

重い音がして私の体から自由が奪われていく。

鉄独特の冷たさに体が少しこわばる。

ああ、死ぬんだ

そう実感した瞬間、一気に体から体温が失われていくのを感じた。

体中から汗が噴き出し、頭がガンガンする。

死にたくない。

死にたくない。

死にたくない。

死にたくない。

死にたくない。

その言葉が頭を埋め尽くしていく。

どうして私がこんな目に遭わなきゃいけないんだろう。

私が悪い訳じゃないのに。

私のせいじゃないのに。

助けて

助けて

誰か助けて!

私は悲鳴を上げていた。

目からは涙があふれ、口からは唾液が出ていたが、私は気にもとめなかった。

というより、そんな事に構っていられなかった。

悲鳴は誰にも届かない、こんな事をしても助けてはもらえない。

仕方のない事だ。

解っていても、納得しようとしても頭の中は死にたくない、助けての2つに支配され、悲鳴は止まらなかった。

「口をふさげ!」

私はたいした抵抗をする事も出来ずに、口をふさがれた。

そして頭上の雲が鳴り出し、雷が!

その瞬間、私の視界は真っ暗になり、全ての感覚が消えた。








どうなったんだろう。真っ暗で何も解らない。

コポッ……

水音がする。なんだかとても安心する。ここはどこなんだろう

『この子はきっとすばらしい子ね。私と貴方の子だもの』

『ああ。早くこの目で見たいよ』

声がする。

この声を私は知ってる。

お父さんとお母さんだ。

でもどうして?ここはまさか!?


私はそっと手足を動かしてみた。予想が外れる事を願いながら。

『あら?この子、今蹴ったわ』

『この子も早く僕らに会いたいんだよ』

やっぱり……ここはお母さんのお腹の中なんだ…でもどうしてだろう。

私は処刑されそうになっていた。

そこまで憶えている。でも、どうして……


まさか!?
これが私の能力?
でも、それ以外に考えられない。

あの状況で誰かが助けてくれたとは思えないし、あの時私は死にたくないと心の底から願っていた、助けてと。

危機的状況で力が覚醒するのなら、そう思って特殊訓練を受けた。

しかし、あの時こそが開眼するのに最適な場だったのではないか。


私の能力がこれだとするなら…私は生まれてから処罰されるまでを永遠に繰りかえし続けるっていうの?

いや、そんな事にはさせない。

私はこれから起きる事を知っている。

私に入ってきた情報は限られていたけれどゼロじゃない。

これを利用すれば、国の役に立てる。

私はそう思い直す事にした。

そうだ、それでいい。

ここで絶望してしまったら、何も出来なくなる。

この力を良い方向に使わなくては私の生まれてきた意味が無くなってしまう。

だから、私は……


 この力を役立てる為に生きよう。



HOME