「はぁ」
何度めかの溜息をついて俺は携帯を手に取った。
答えが分かっているのに履歴やメールをチェックする。
不在着信なし。
新着メールなし。
どんなに恨めしく思っても携帯はうんともすんとも言わない。
「何でこんな事になっちまったんだろう」
事の起こりは2週間前の夜。
電話をしていて些細なことで喧嘩になった。
いつもの喧嘩だと思った。
言葉の足りない俺と彼女の間ではよく喧嘩が起きていた。
喧嘩と言うよりも一方的に俺が怒られるんだけど。
そう、だからいつものことだと思っていたんだ。
でも彼女は最後に
「別れましょう」
と言った。
訳が分からなくて言葉が上手く出てこなかった。
そして俺が何も言わない内に電話は切れてしまった。
それっきり。
いつもなら2、3日したら電話がかかってきてお互いに謝ってそれでおしまい。
でも、今回は違う。
だからといって、
『いまさら何の用?』
そう言われるのが怖くてこっちからかけることは出来ない。
嫌われてしまったならしょうがないとか、
自分のせいなんだからとか、
自分に言い聞かせたけどやっぱりしっくり来なかった。
「?」
自分で思っておいて何だが、何を悩んでいるんだろう。
こんなの俺じゃない。
俺は『来るモノ拒まず、去るモノ追わず』そう言うスタンスだったはずだ。
今回だって例外じゃないはずだろ?
何を2週間も悶々としているんだろう。
今まで付き合った女の子達からだって彼女と同じように…まあ細かい状況は違ったけど、さよならって言われてきた訳で。
その時ってこんなに悩んだか?
「…憶えてねぇ…」
自分の記憶力の悪さに溜息しかでねぇ。
でも、その程度のことだったって事だろ、逆に言えば。
どうした、俺。
何でこんなに未練タラタラなんだよ。
なんでこんなに彼女のことばっか考えてんだよ。
やべぇ、超声聴きたい。
このまま終わりなんて嫌だ。
『はい』
気が付いたら彼女に電話してた。
無表情な声、勢いでかけたからなんて言ったらいいか分からなくて言葉に詰まる。
『何か用?』
「えっと…この間のこと謝らなきゃって思って…本当にごめん」
声が震えた。もっと格好いいこと言えたらいいのに、何で俺はこんな事しか言えないんだろう。
『いいよ。私と別れるのそんなに嫌じゃないみたいだし、さよなら』
「そんなことない!俺、そんなこと全然思って…」
『じゃあどうして電話くれなかったの?』
「それは…」
電話して何言ったらいいかわかんないからとか、
色々頭の中で思ったけど、どれも格好いい答えじゃなくてとても言えなかった。
『別にどうでもいいからでしょ?』
「違う!」
『じゃあどうして答えないの?』
「それは…」
『もういい』
はっきりと言わない俺の物言いが気に障ったのか彼女の声はそこで切れた。
「なにやってんだ、俺。ドラマとかだったら…」
ドラマとかだったら?何考えてんだ。
俺はドラマの主人公じゃない。それに…
俺はある種の決意を胸にリダイヤルボタンを押した。
『何?』
彼女の声には怒りがこもっているように思えた。
「俺、凄くかっこわるいかも知れないけど、ホントの気持ち言うから聴いてくれる?」
返事はない。でも切られもしなかった。
俺は深呼吸して話し始めた。
怖くて、何話して良いのか分からなくて電話出来なかったこと。
その間、彼女のことばっかり考えてたこと。
そして、
「俺のこともう嫌いかも知れないけど、俺は別れたくない。まだ、すげースキなんだ」
そう、まだこの人を失いたくないと言う強い願望。
暫くの間があって彼女が溜息をついて話し始めた。
『私も貴方の事スキよ。
でも貴方はいつも私を優先してばっかり。それが気に入らないの。今みたいにもっと貴方のこと教えてよ』
「あっ、うん。ごめん」
そっか…俺は彼女に嫌われたくなくて、自分の気持ちより彼女の気持ち優先してた。
それで良いと思ってた。
でも、それじゃ駄目なんだ。
それって本当の意味で付き合うって事じゃないんだ。
俺が彼女のこと知りたいって思うのと同じで彼女も俺のこと知りたいって思ってくれてるんだ。
何でこんな簡単なこと気が付かなかったんだろう。
「俺ってやっぱ馬鹿だ」
『本当よ、この大馬鹿者』
「こんな大馬鹿者ですが側にいてくれませんか?」
『…次はないからね』
「善処します」
『何それ?』
やっと彼女が笑った、少しだけど。
電話が切れて、俺は彼女に最後まで言えなかった言葉を口にした。
「こんなに愛おしいと思ったのは初めてだと思う。それで多分、最後だ」