大切なもの
午前0時。某駅上空。
「終わった〜」
霊界行きの列車を見送っていた美しき死神は大きく身体をのばした。
「お疲れ様でした、月華様。今日はいつもよりお早かったですね」
今しがた列車から降りてきた駅員姿の初年が微笑みながら死神の方へやってきた。
「うん。今日は素直な人が多かったからね」
あくびを噛み殺しながら月華は金と黒の瞳を細め笑った。
魂だけの存在となった死者達は特殊な場合を除いて、3日以内に霊界へ行かなくてはならない。
そうしなければ大地に捕われ地縛霊になってしまったり、空気中の悪意に魅入られて悪霊となってしまうからだ。
しかし、死者達はそんな事知らないし、万が一知っていたとしても霊界への行き方が分からない。
そんな彼らを無事霊界へ導くのが閻魔庁搬送課、通称「死神」の仕事である。
「そう言えば月華様は知っていらっしゃいますか?脱獄犯の話を」
月華にお茶と和菓子を差し出した若き駅長は世間話でもするように口を開いた。
「脱獄犯?知らないけど…珍しいね、300年振り位じゃない?」
「ええ。何でも一昨日『白霧の間』から逃げ出したそうです。
警護課が霊界中探していますがいまだに見つからないそうで・・・
人間界に逃げた可能性が高いのではないかと…」
「で、こっちにも応援要請が来たわけね」
「…はい」
少年は溜息をつきお茶をすすった。
不の感情を持ったまま霊界へ来た死者は『霊獄』と呼ばれる牢へと入れられる。
不の感情を持ったままでは転生できないから。
『霊獄』にはそれらを吸い取り浄化する力がある。
しかし、『白霧の間』だけは違う。あそこに入るのは他人からの不の感情、つまり'呪'を受けている者だけ。
そこはその名の通り、'呪'を具現化する特殊な霧に包まれている。
そこに入った者は自分の精神力だけで具現化させた'呪'に勝たなくてはいけない。
それ以外に彼らが転生する術はないのだ。
「これが写真です」
写っていたのは長い黒髪の中性的な子供。肌は雪の様に白く、全く生気を感じさせない。
まあ、生気を感じさせすぎる死者もどうかと思うが…
「じゃあ、そろそろ帰るわ」
写真を受け取ると彼女は立ち上がった。
「もし見つけたら連れて来て下さいね」
「まあ、見つけたら…ね」
興味なさげに答えるとコートをはためかせ、コウモリのそれに似た翼を広げた。
今夜は寒い、そう思う。
冬なのだから仕方ないと思うが空気が凍っているような、そんな静けさが身体を包む。
地上から漏れる光はほとんど無く、空にあるのは細い三日月だけ。彼女はこんな夜が好きだった。
「今日は早く終わったし…ちょっと散歩でもして帰るか」
月華は方向転換すると山の頂上にある展望台へ向かった。
そこが彼女のお気に入りの場所なのだ。
「?」
展望台に人影を見つけ彼女は止まる。
「オレ的には早い時間でも人間の時間だともう夜中だよな…こんな時間に何やってんだ?」
どちらにしても異形であるこの姿見られるわけには行かず彼女は人間の姿になることにした。
「仮姿我願」
そう呟いた瞬間翼が消え、服がメイド服へと変わる。
'気'も妖怪独特のものから人間に酷似しているものへと変わっているので、
同族でもバレる事はめったに無い。
なぜメイド服かと言う問いもあるが、これは趣味でもなんでもなく、
下宿先の喫茶店の制服がこれで、他に人間の服を持っていないと言う現実的な理由が存在する。
展望台にいたのは黒い長髪に着物姿…先ほど駅長に貰った写真の子供だった。
「…んっ?」
妙だ。彼女はそう感じた。
子供は確かに霊体としてそこに存在する。しかし、'気'は人間のもののように感じる。
幽体離脱とも異なる。この子供の置かれた状況は今まで彼女が出会ったどの霊体とも違っていた。
「おい…あんた」
相手の状況を把握する為にも取りあえず声をかけてみる。
案の定、子供は周りを見回し、自分以外に誰もいないことを確かめると月華の方を向いた。
「僕…ですか?」
「他には誰もいないだろ?」
少し子供の方に近づき表情を伺うが俯いているせいかいまいちはっきりしなかった。
「俺の名前は月華。あんたは?」
「……凍矢…です」
「ここで何やってんだ?子供が出歩くような時間じゃないだろ?」
「…待ってたんです。貴女のような人がくるのを」
殺気にも似た感覚を感じ取って、俺は凍矢から離れた。
「?
どうしたん…ですか?」
子供が顔を上げると視線がかちあった。
「!?」
瞬間、身体から多量の'気'が失われたのを分かった。
「嘘…だろ。お前…喰ったのか…」