大切なもの 後編


他人の気を奪うなんて事は妖怪、しかも限られた妖怪にしか出来ない。

ごく稀に人間にも出来る奴がいるが、目の前の子供はその例外には当てはまらない。

「ああ…バレてるって事は…お仲間な訳ですね。

 じゃあ、こんなしゃべり方しなくても良いよなぁ?」

凍矢だった奴の口元に嫌らしい下卑た笑みが浮かぶ。

その顔は、先ほどまでの幸薄な子供ではなく邪悪な妖怪のそれだった。

  もう完全に喰われてるのか…

少し哀れに思いつつ彼女は携帯電話を取り出すと、相手にこう言った。

「1分待ってろ。一ヶ所電話しなきゃいけないから」

相手の返答を聞く前に月華は己の上司に電話をし始めた。

いきなりの行動に一瞬、凍矢だったものは唖然としたが、

逆にチャンスと思ったのか襲いかかってきた。

『月華か・・・どうした?』

「殺ってもいい?」

攻撃をかわしつつ電話は続く。

『何の事だ?』

「とぼけんな。指名手配者のことに決まってんだろ」

『構わんぞ』

やけにあっさりと許可を出した上司の意図を察し、月華の中に怒りが湧き上がる。

「……了解。あとで話があるから逃げんなよ」

そういうと彼女は不機嫌そうに電話を切り何事か呟いた。

すると、一瞬のうちに妖怪の姿に戻った。

「お…お前は…まさか…!?」

妖怪の表情が恐怖に凍り付いていく。

「偉いねぇ、よく分かったじゃん。でも遅かったねぇ」

ニヤリと口元を歪め、中空を掴む仕草をすれば、手中には2mはあろうかと言う大鎌が現れる。

そしてそのまま肩でもまわすかのように鎌を振ると妖怪は横に両断された。

取りあえず嫌がらせにとそいつの首を刈ると彼女は霊界へと向かった。


閻魔庁職員用の通用口で上司は優雅に煙草を吸っていた。

「ほい」

「ふん。煙草が不味くなる」

先ほどの首を投げ渡すと上司はまるで下衆でも見るような冷たい視線で一瞥すると

目の前の谷に首を落とした。

「妖怪に喰われてるって何で黙ってたんだよ。俺だったから良かったようなものの

 他の奴があいつと会ってたら危なかったじゃねぇか」

月華は言葉使いも気にすることなく上司に文句をぶつける。

「他人の心配をするなど、昔のお前からは考えられん発言だな」

彼女の言葉を無視し、上司はそれだけ言って口元だけで微笑んだ。

「う…うるせぇ。昔の話はすんな」

ばつがわるそうの彼女は上司から顔を背け

「と・に・か・く、俺以外の死神にあんまり危ない応援要請はさせるなよ。

 霊界だって人手不足なんだから、死人は少ない方が良いだろ」

そう言うと逃げるように飛び去った。



帰り道、月華は上司の言葉を思い返していた。

「確かに昔の俺なら死んでも言わない台詞だろうな

 あの頃は何にも執着がなかったから。自分のことにも、他人のことにも…」

でも…と彼女は思う。

「俺は残された者の悲しみを…後悔の念を知ってるから

 せめて俺の周りの奴らだけでも死んで欲しくないから」


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