秘密の贈り物


「頼む。後生だ」

深々と頭を下げる少女の前で私は困ってしまっていた。

「そう言われても私一人の一存では…」

「そこを何とか!」

またあたまが深くなった。

このままでは土下座でもされそうだ。

「でも、なんだって急にキッチンを貸してくれなどと…料理に不満がおありなら言って頂ければ改善しますよ?王」


事の発端は5分前にさかのぼる。

夕げの片づけを終わらせた私の所に、この城、いや魔界の王アウラ様がやってきて

「半日…いや、1時間でも良い。キッチンを使わせて欲しい」

そう頭を下げたのだ。

「そう申されましても…アウラ様もこの城で何人の者が生活しているかご存じでしょう?朝から晩まで料理人がずっとここで仕事をしていることをご存じないとは言わせませんよ」

「わ…わかっている。だが…」

王の態度は煮え切らない。

「一体何をなされるおつもりですか?」

「いや、それは…」

「理由を言って頂かなくてはどうすることも出来ないではありませんか」

「全部とは言わない。片隅でも良いんだ、貸してくれ!」


さっきからこの調子。

全く訳が分からない。

しかしこの城の長に逆らって首でも飛んだらやってられない。

いや、この人はしないだろうが、この事があの宰相様の耳に入ったら…

考えるだけでぞっとする。

片隅だけで良いと言っているのだし良いか。

これ以上何か言ったら土下座でもしそうだ。

そんなところ誰かに見られたら…

早く仕事に戻らなければ。


「……わかりました。隅っこで本当に良いんですね?」

「もちろんだ。邪魔はしない」

「なら、良いですよ。そのかわり、今夜1時間だけですよ?」

「あぁ…!!ありがとう」

花が咲いたようなこの笑顔。

それが見れただけでも貸した甲斐はあったかも知れない。

どうせ今日の仕込みの当番は私なのだからその位の時間ならばれないだろう。

「で、何をなさるんですか?」

「秘密だ」

口元に人差し指を持っていっていたずらっ子のように彼女は笑った。



次の日。

宰相の机の上に可愛らしくラッピングされた四角いものが置かれていた。

「なんだこれは?」

「魔王様が朝おいて行かれましたよ?」

「アウ…いや、魔王が?」

「はい」

「…で、本人は?」

「さぁ?」

宰相は頭を抱えた。

時計はもう彼女の来る時間をとっくに超えている。

何故来ない?

だいたいこの四角いものは何だ?

これで俺にどうしろと?

いや、とりあえず…

「下がってくれ」

「はい」

従者を下がらせ、しげしげと眺める。

どうやら箱を紙で包んであるらしい。

「開けてみるか」

覚悟を決めて紙を破り箱に手を掛ける。

箱の中身は…

「なんだこれは?」

黒く丸い(?)物体が行儀良く並んでいた。

つついてみるが動かない。

どうやら生き物や爆弾の類ではないらしい。

しかし、見たことのないものだ。

どう扱っていいものなのだろう。


−コンコン−

「ルシファー入って良いか?」

対応に困っていると扉の向こうで送り主の声がした。

「あぁ、今呼びに行こうと思っていたところだ」

扉が開き、入ってきた彼女は俺と目の前の現状を見て一言こういった。

「もらってくれたんだ。良かった」

良かったも何も…これは何だとはその嬉しそうな顔には言えず

「…あぁ」

としか返せなかった。

「で、味はどうだった?」

味?食べ物なのか?

「…これから食べるところだ」

そう言って俺は中の物体を一つ手に取った。

歪な丸。本当に食べれるのか?というか、食べ方は?

しかし、いまさら知らないとは言えない。これは男の意地だ。

俺は意を決してそれを口の中に放り込んだ。

甘いが、甘すぎず不味くないどころか美味いと思う。

まぁ、城のシェフには敵わないがまぁ、そこそこなんじゃないかと思う。

「美味しい?」

気が付くと目の前に彼女がいた。

「あっ、ああ…」

「良かった」

心底ほっとしていると言った彼女の様子を見て

「もしかしてお前が作ったのか?」

「ああ、バレンタインだからな」

「バレ…?」

「あぁ。人間界の行事の一つですきな男に女がチョコレートをあげる日だ」

…ずいぶん可愛いことをしてくれる。

「ってことは、お前は俺がスキだったことだな?」

「あっ…いや…いつも世話になってるからそのお礼だ。別に…スキじゃない」

そっぽを向いても分かる、恥ずかしがっていること位。

「スキじゃない男の為に手作りか?まめなことだ。城中の男に配ったのか?」

「そんな言い方するな!!私は…!!」

「私は?」

「お前の…喜ぶ顔が見たくて…」

「スキじゃないのに?」

「……うぅ…」

「言えよ」

俺は彼女の顎を持ち自分の方に向けた。

すると彼女はいきなり…

「特別じゃない奴にはしない」

そしてそう言って逃げ出した。

俺は唇に残ったやわらかな感触を確かめるように指で撫でクスリと笑った。

「まったく素直じゃない」




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