お返し
「ルシファー、いるか?」
そう言って彼の居室の戸をノックすると返事がない。
合い鍵は持っているので開けてはいるとそこは空っぽだった。
「またいない」
私は溜息をついて部屋を後にした。
最近、あんまり会えていない気がする。
もちろん仕事はこなしているので問題はないのだが、こうもタイミングが合わないと避けられているような気さえしてくる。
なんだかもやもやして変な感じだ。
どうしてこんな気持ちになるんだろう。
「もしかして避けられているのでは?」
もう1ヶ月以上こんな事が続いている。
これはもう偶然と言うよりもわざとであるように思えてきた。
「こんな事ならあげなければ良かった」
会えなくなったのはチョコを贈って暫くしてからだった。
今考えると受け取ってくれた時だって戸惑っていたように見えた。
もしかして迷惑だったんだろうか。
チョコが不味かったとか?
やはり人間と味覚が違うのか?
単純に甘いのが苦手とか?
でもビターチョコ使ったし、そんなに甘くないようにしたし…
でも……
考えれば考えるほど、どつぼにはまっていく。
「ルシファーなんかしらん」
アウラは拗ねたようにそう呟くと自室に帰っていった。
それから数日後。
アウラはルシファーに呼ばれ彼の自室の扉をノックした。
「入ってくれ」
聞き慣れた声。仕事で毎日のように見ている姿。でもそれはとても懐かしく感じた。
「何のようだ?」
きっと決別を言われるのだろう。そう覚悟してアウラはルシファ−の前に立った。
「これ」
そう言って渡されたのは小さな箱だった。
「何だ?これは」
「開けてくれ、そしたら分かるから」
箱は綺麗な包装紙に包まれていて振っても音はしなかった。
アウラはドキドキしながら箱を開けた。
そこにあったのは桜の華をかたどった指輪だった。
「???」
頭にハテナマークを浮かべるアウラにルシファーは言った。
「遅くなってすまなかった。ホワイトデーとか言うのがあるのはすぐ分かったんだが
何を贈ればいいのか分からなくて。人間界で調べたんだが、恋人に渡すのは指輪が良いと言う話を聞いて…
それで…迷惑なら返してもらってかまわない」
そっぽを向きながら照れくさそうに言うルシファーの顔は耳まで真っ赤だった。
「それって…恋人だって…言って?」
いまいち状況の飲み込めないアウラが問いかけると彼は赤くなったままふてくされたように言った。
「お前がそう思ってないなら良いんだ、返してくれ」
箱に伸ばされた手をアウラは箱を背中に隠すことで阻止した。
「そう思ってない訳無いだろ。ただそんなこと初めて言われたから嬉しくて…」
魔界に来てからの2人はいつも一緒だった。
一緒にいることが普通すぎてお互いに心が通じ合っていると思っていた。
現に、お互いはお互いがスキだと、大事だと通じ合っていた。
だから、恋人という言葉を使ったことがなかったし、お互いの気持ちを確認することもなかった。
それがこの間のバレンタインデーでルシファーは気持ちを表現されることの喜びを知った。
まぁ、有り体に言えば嬉しかったのだ、自分が特別だと言われたことが。
だから自分にとっても特別なのだと言いたかった。
でも、そんなこと面と向かっては言えない。
だから、人間界に降り立ちホワイトデーなるイベントを利用しようと思った。
ところが人間界のお菓子と呼ばれるモノは食べたことが無くどれが彼女の口に合うか分からない。
だからといって装飾品なら城にたくさんあるし、あまり自分を飾り立てることを好まない彼女では喜んでもらえないだろう。
困っている装飾店の主に声をかけられ、それならとアドバイスを受けて選んだのだ。
アウラはクスリと笑うと左の薬指に指輪をはめた。
「この指に合う指輪って事は一生大事にしてくれるんだろうな?」
「? 良くわからんが他の奴に渡したりはしない。お前は俺の側にいれば良い」
そして2人は誓いの口吻をした。