休息の時



 『魔王などになる人の気が知れませんね』

  …違う…私は…私は!!



 目を開けると見慣れない天井。

 「アウラ様。大丈夫ですか?」

 そばにいた異形の少年が心配そうに私の顔を覗き込む。

 「あっ…ああ。それより、ここは…」

 「宰相様のお部屋です。貴女様は会議中に倒れられたんですよ。

  覚えていらっしゃらないのですか?」

 記憶を探る。

 そう言えば族長会議の途中から記憶が無い。

   ―ガチャ―

 「気分はどうだ?」

 「あっ、宰相様。で…ではアウラ様、私はこれで失礼いたします」

 部屋の主が入ってきた途端、少年は顔を強張らせ逃げるように立ち去ってしまった。

 「ずいぶんな嫌われ様だな、ルシファー」

 私はルシファーの方を見て小さく笑った。

 「仕方がなかろう。以前の俺はかなり荒れていたから…な。

  それより、具合はもう良いのか?熱は…下がったようだが…」

 彼は、私の額に自分の額を押し当て安堵したように溜息をついた。

 「族長会議はどうなった?」

 「詳しくは知らんが、四天王に任せてきたから心配は無かろう」

 私が尋ねるとルシファーは興味なさげに答えた。



 「なあ、ルシファー」

 しばらくの沈黙の後、口を開いたのは私だった。

 「なんだ?」

 「私は間違っているんだろうか?」

 「どうした、急に?」

 優しい声音で彼が尋ねる。

 「昔の…私が先代の魔王と対峙した時の夢を見たんだ」

 「確か、お前は先代を倒した勇者養成学校の候補生の一人だったな」

 事も無げに言うと彼は私の側に座った。

 「ああ…」



 私はあの時魔王、いや教頭先生に言い放った。

 『理由はどうあれ魔王などになる人の気が知れませんね。
 
  勇者に倒させる存在の味方をするなんてどうかしている』

 その頃の私は魔王が、魔物がいるから世界は平和にならないのだと本気で思っていた。

 魔王を倒し魔物を一掃すれば平和な世界が手に入るのだと…

 しかし、現実は違った。

 魔王が死に魔物がいなくなると、各国の国王達は自国の領土を拡大するべく

 魔物に襲われ無人化した村や街を奪い合うようになった。

 国同士の戦争が絶えなくなり勇者達も戦争の道具として買収されていった。

 私の元にも昼夜を問わず各国の使者が訪れ大金を積んだ。

 「なんて浅ましいのだろう」

 私が人間に失望するまでそう時間はかからなかった。

 失望は絶望へといつしか変わり、私は人里から立ち去った。
 


 「魔王となって久しいのに、私はまだ魔界すら統治できていない。

  こんなことで人間界を統治できる日が来るのだろうか?」

 「大丈夫に決まっているだろう」

 そう言って彼は私の額に優しく口付けた。

 「ル…ルシファー!?」

 突然の事に途惑う私の頭を撫でながら彼は言葉を続ける。

 「ここでは今まで力による政治しか行われていなかったんだ。

  お前のように民主主義…だったか、それが易々と受け入れられる訳なかろう。

  だが、お前が魔物達の信頼を確実に得てはじめている事だけは確かだ。

  今すぐとはいかずとも魔界の統治もそう遠い話ではあるまい」

 穏やかな声が耳元でする。彼の言動は私に精神の安定を与えた。

 「ありがとう。世辞でもそう言ってもらえると嬉しい……それで、その…1つ頼まれてくれないか」

 「なんだ?」

 「・・・・・・私が眠るまでそうしていてくれないだろうか?」

 私はとても恥ずかしかったので横を向いていたのだが、

 それでも笑いを堪えているのがわかった。

 「や、やっぱりいい」

 頭にのせられていた手を払おうとしたが、体格の差か性別の差か払う事は叶わなかった。

 「かまわない。ゆっくりと休みがいいさ」

 それなら笑う事もないだろうに…と思っていたが、
 
 その内に私は安らかな眠りに落ちていった。



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