欲しいモノ
バイクを飛ばしながらふっと横に目をやるとトンボの大群が見えた。
あぁ、秋なんだなぁと思った。
どうりで窓を開け放したまま寝たら寒いはずだ。
時間はどんなに願っても止まらない。
少なくとも私にその力はない。
こうやって夏が終わり、秋になって、冬が来るのだろう。
そんなことを思ったら不意に笑いがこみ上げてきた。
こうやって一人で季節の移ろいを見ていくのだろう。
そう思ったら哀しくて笑えてきたのだ。
自分を心配してくれる人間がいる。
自分を一時的にでも必要としてくれる人間がいる。
自分が伸ばした手を取ってくれる人間がいる。
それだけで幸せだと。
そう思わなくてはいけないことはわかっている。
でも、この空虚な感じは。
この寂しさは。
拭えない。
「過ちだと分かっていても、温もりが欲しい時がある」
確かに、そう思う。
でも、温もりを求める相手がいない。
誰にその思いを伝えたら温もりをくれるのかわからない。
誰にその思いを伝えたら私の欲する物をくれるのか分からない。
だいたい、本当に温もりを欲しているのかさえ分からないのに何を言っているんだろう。
もう、自分がどうしたいのか。
何を欲しているのか。
それさえも分からない。
燃えるような空と、宝石箱をひっくり返したような街。
この瞬間がスキだ。
この感覚を誰かと共有出来たらいい。
そんなことは出来ないけれど。
誰かを呼びたくてもその名前がない。
携帯の電話帳を開いて閉じる。
その繰り返し。
こんな風になるなら感情なんか無いままで良かった。
こんな風になるならガキのままで良かった。
そんなことを思っても全てはもう遅く、もうあの頃には戻れない。
渇望している自分がいる。
でも、何を望んでいるのか分からない。
望むモノはたくさんある。
でもひとつも浮かんでこなくてヘドロのように下に溜まるばかり。
言葉にならないそれを掬おうとして手を伸ばす。
でも、直前で手は止まる。
いつもこれの繰り返し。
怖いのだ。
自分が、周りの人間の言うような者でなかったらどうしよう。
今ある自分が偽物だったらどうしよう。
本当はとても醜くて汚らしい者だったら…
だから掬えない。
掬いたくない。
きっと歪んでいるのだろう。
足りないものがあるのだろう。
自分の心には。
それが何か分からないが、猛烈にそれが欲しい。
そうしたら、少しだけでも人になれるような気がするから。
人に・・・いや、普通の人になりたい。
そしたら、一人でも立っていられる気がするから。