あいさつ
気が付いたら年は変わっていた。
ヘッドホンから流れる大音量のクラッシックは除夜の鐘の音さえかき消してしまっていたらしい。
遠くからかすかに聞こえるあの音はそれはそれで風情があって好きなのに、惜しいことをした。
そうそう、何故年が明けたのが分かったのか、それは父親が呼びに来たからだ。
何を?
年越し蕎麦を。
毎年年越し蕎麦は父が担当している。
理由は知らないが、母がいつも酔いつぶれているからだろう。
「蕎麦、食べるだろ?」
「もちろん」
除夜の鐘をのがしこれも逃したら本当に年が越せなそうだ。
我が家の蕎麦はざる蕎麦で蕎麦湯まで付く。
個人的にはこの蕎麦湯が酒に浸かった胃を落ち着かせてくれる気がするのだが、多分気のせいだろう。
それでなくても蕎麦湯は好きだし。
蕎麦も食べ終わり何か面白いテレビでもやっていないかとチャンネルを変えてみるが、たいした物はやっていなかった。
昔は、誰も見ていないだろうとコアな番組を各局やっていてそれが好きだったが、最近は徹夜する人も多いらしくいつもとあまり変わらない番組ラインナップでおもしろくない。
別に寝ればいいのだろうが、何故かそう言う気分にはならなかった。
布団に潜り込み、側にあった読みかけの本をめくる。
だが5分もすると飽きて本を閉じてしまった。
一体何がしたいんだ?
わからない。
だが、眠りたくないことだけは確かだった。
しかし、正月早々誰かに電話するのも気が引けた。
去年は恋人と除夜の鐘の鳴る頃から初日の出まで電話していて叱られたっけ。
その恋人とは別れてしまったけれど。
今は元気にしているだろうか?
そんなことを考えながらうだうだしていると窓の外が少し白んできたのが分かった。
どうやら初日の出は2年連続で拝めそうだ。
嬉しいやら、哀しいやら。
後数時間もすれば両親が起きてきて雑煮を食べながら今年の抱負とかを言わされるんだ。
これも我が家の伝統だから。
今年は何を抱負にしよう。
きっと1ヶ月も覚えていないだろうけど…まあふとした時にでも思い出したら実行すればいいさ。
こう言うのを決めるのがきっと大事なんだろう。
そして、最後にみんなにこう言うんだ。
あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願い致します。