再会
「何も終わらない終わりだ、何も始まらない終わりだ」
「分かっているわ。でも私は貴方と同じになりたい」
「良いのか?きっと後悔するぞ」
「えぇ、そうかも知れない。でも…良いの」
「マイラ…」
マイラと呼ばれた女が目を閉じる。
男はその首筋に口付けるように牙を立てた。
「マイラちゃん、ご指名。13番さんね」
「はーい」
内耳に直接届く店長の声。
機械を埋め込んだ脳には声を出さずとも相手と意思疎通が出来る。
ここはこの街で1,2を争う娼館。
マイラはそこの1番人気だ。
太陽に当たったことの無いような白すぎる肌。
血のように紅い瞳。
雪を連想させる銀の髪。
この世のものとは思えないような色香を持つ彼女の虜にならない男はいない。
「お疲れ様でした」
ビルの狭間に朝日の線が出来る頃、彼女の仕事は終わる。
帰り道、光を避けるように裏路地を歩いていると、血まみれの男性が倒れているではないか。
死んでいるのかしら?
「もし?」
そう言って抱き起こす。
血が喪服のような彼女の服に付いたが気にならかった。
その男性はあの日彼女を人ならざるものに変えた張本人だったからだ。
彼も彼女もそう簡単には死ねない。
「しっかりしなさい。私の精気を少し分けてあげるわ」
そう言うとマイラは弱々しい呼吸をふさぐように唇を重ねた。
「んっ」
男はすぐに目を覚ました。
「大丈夫?」
「君は…マイラ…?夢なのか?」
「おあいにく様、本物よ。近くに私の家があるの。肩を貸すわ」
マイラは傷の手当てをして彼をベットへ寝かせた。
「本当は医者に診せた方が良いんでしょうけど、貴方なら自分で治るでしょ、その位」
「酷い言われようだな。超人か何かと勘違いしていないか?」
「それだけ喋れれば大丈夫ね。ゆっくり休みなさいな。おやすみ」
そう言ってマイラは寝室を後にした。
「…っ」
目眩を覚えて彼女はその場にうずくまった。
精気を渡しすぎたのだ。
「ちょっと手加減しておけば良かったわ」
苦笑する。
数えるのも嫌になる位前、2人は出会った。
娼婦と客をいう立場だったがお互いに惹かれ合っているのが直感で分かった。
しかし、男は夜の一族と呼ばれるあやかしだったのだ。
マイラは一生をこの人に捧げようと思った。
しかし、自分は老い、いずれ死んでいく。
男を1人にすることはいけない事のように思われた。
そこで、彼女は彼と同じものになろうと決心したのだ。
男は反対した。
自分のようになってはいけない。
そう言ったが、彼女の決心は固かった。
そして、あの夜廃墟となった教会で誰に祝福されることなくマイラの人としての生は幕を閉じた。
「まさか、こんな形で再会するとは思わなかったわ」
ずっと一緒にいるという願いは叶わなかった。
その後すぐに男は魔界と呼ばれるあやかしの長老達が住む街に召喚されてしまったのだ。
彼女は事情も聞かされないまま1人この街に残された。
思い当たる所は全部探したが見つからない。
どうすることも出来ず、出会った娼館で待つしか道はなかった。
今は他に好きな男も出来た。
折角忘れられると思っていたのに。
忘れてはいけないとでも言うようなタイミングの良さだと思った。
「でも、後悔はしてないわ」
そう、あの日人であることを捨てたことは後悔してない。
今日彼を拾ったことも。
だから…
「きっとこれからも後悔しないわ」
彼女はそう呟いて、自分で笑った。
未来を思うなんてずっとしていなかったから。
過去を引きずっているつもりでいたけれど、自分は結構前向きなのかも知れない。
そう思ったらおかしかったのだ。
彼がおきたら何か食べるものを用意しよう。
そして2人で食べながら自分を置いていった言い訳でも聞くとしよう。