無垢と言う名の狂気

イ・イ・モ・ノ



今日も空は抜けるような青空。絶好のお散歩日よりです。
        
とある高層ビルの一室でコンピュータに向かっていた少女、ティルは外に出たくて仕方ありません。

「つまんない〜」

本日、何度目かのぼやきの後ぼんやりと彼女は窓の外に目をやり

ため息をつくと再びコンピューターの画面に目を 落としました。

するとそこには一通の差出人不明のメール。

「?」
ティルは首を傾げながらもメールを開きました。

中に入っていたのは一枚の女の子の写真とこんな文章。

ー 今日の日没までに私を見付けてね♪もし見付けられたら " イイモノ " あ・げ・る★ ―

ティルは考えました。そしてこう思いました。

― きっと凄く甘くてほっぺたが落ちゃうくらいおいしいお菓子だろうな〜 ―
         
さっそくティルは服を着替え、お気に入りの肩掛けカバンに

ノートパソコンやライフル銃、それにお菓子を詰め込みました。

なぜこんな子供がライフル銃なんか?と思う方もいるかも知れませんが、

根底に弱肉強食の理念が浸透しきっている
この街では この位当たり前なのです。
        
      

準備を終わらせたティルは銀の長髪を揺らしながら部屋を出て

【社長室】と書かれた部屋の前で立ち止まりました。

外出する時はいつもこの部屋にいる男性に言って行かなくてはいけません。

それが二人の約束なのです。
     
彼女はできるだけ音を立てないように気をつけながらそっと扉に手をかけました。

「おじちゃん」

ティルの声に中央の机に座って仕事をしていた若い男が顔を上げました。

【おじちゃん】と呼ぶにはまだ若すぎるその顔が少しやさしく微笑み、口を開きました


「どうしました?」


「あのね。さっきメールが来たの」

「ああ・・・あの ― 私を見つけたらイイモノをあげる ― と言うやつですね。

私の所にも先程、着ましたよ」

「それで・・・行って来たいんだけど・・・ダメ?」

ティルの申し出に男性は少し考える素振りをみせてから

「構いませんよ。いってらっしゃい」
        
「本当!? ありがとう♪」

満面の笑みを浮かべるティルに男性は「ああ・・・でも」と付け加えました。


「あまり無理はしないで下さいね。それからあまり遅くならないうちに帰って来るんですよ」

「うん。イイモノもらったらおじちゃんにも分けてあげるね」

「ええ。楽しみにしていますよ」

ティルは 「いってきます」 と一礼すると社長室を飛び出して行きました。


ティルがやってきたのはスラム街の一角にある小さな公園。

 ここは彼女の遊び場の一つなのです。

「あっ、ティル〜」

遊んでいた子供達が彼女を見つけて駆け寄ってきました。

「今日は遊べるのか?」

一人の少年が尋ねますが彼女は首を横に振り言います。

「ごめんね。今かくれんぼの途中なんだ。だからまた今度遊ぼ」

「わかった。で、誰、探してるんだ?」


「うん。この人」

バックの中から写真を取り出すとティルはみんなに見せました。

「この人、知ってる」

見せた途端ある小さな女の子が声をあげました。

「本当!? どこで見たの?」

「えっとね、えっとね・・・この間、お兄ちゃんと湖に行った時に

帽子が湖に落ちちゃったの。その時、このお姉ちゃんに取ってもらったの」

「わかった。ありがとうね」

ティルはまた遊ぼうと少女に約束し公園を後にしました


先程、子供達のいた公園から徒歩で20分ほどの所にその湖はありました。

「み〜つけた」

湖が見え始めるとティルは走り出しました。もうイ・イ・モ・ノは目の前です。

しかし、湖の入り口付近で彼女の前に3人の男達が立ち塞がりました。

「ちょっと待ちな」

「そこどいてよ〜急いでるの!」

なんの躊躇いも無く彼女はライフルを構えます。

しかし、男達は動じるどころか薄笑いさえ浮かべています。

見た所、まだ年端も行かない少女が

いきなりライフルを構えた所で怖くなど無いと言った所でしょうが、

男達は知りませんでした。目の前にいる少女の前ではその考えが通用しない事を。

「遊びでそんな物振り回しちゃいけないよ。ほら、お兄さんに渡しな」

不用意にも男の一人が少女の前に進み出て、手を差し伸べました。

「邪魔」

少女は冷めた目つきで男を一瞥するとそのまま銃のトリガーを引きました。

発射された弾は男の眉間を貫通し、男はそのままコンクリートの大地へと崩れるように倒れました。

仲間の男達は驚きました。

まさか、本当に撃つとは思っていなかったのでしょう。

動揺を隠せない男達にニッコリと少女は微笑んで追い討ちをかけました。
    
「もう一回言うね。そこ、
邪魔

「や・・・殺っちまえ!!」

リーダー格の男が腰に携えていた刀を抜き、仲間の男と共に襲いかかってきました。

しかし、ティルは近接戦闘の経験が乏しく、どう動いたら良いのか分かりません。

2つの剣が彼女の頭上に振り下ろされようとしたその時、

ーカキンー

澄んだ金属音が響きました。

そしてティルの頭上には剣が落ちてきません。

見れば、大柄の男が攻撃を受け止めています。

「大丈夫か?」

そのままの体勢で男が低音の声でティルに話し掛けました。

「うん。おじちゃんこそ大丈夫?」

「お…おじちゃん!?」
 
ティルが心配そうに尋ねると大柄の男は一瞬動きを止めた後、

二人の男を押し返しティルの方に向き直りました。

「俺はまだ20代だ。おじちゃんじゃない」

「それにしても、おじちゃん強いね〜♪」

「だから、俺はおじちゃんじゃないって言ってるだろ!」

「? じゃあ・・・おじぃちゃん?」

「ちっがう!!」

「じゃあ、何?おばちゃん?」

「……ほら、早く逃げろ。殺されるぞ」

溜息混じりに男はそう言いました。どうやらもう諦めたようです。

「お前ら・・・俺達を
無視すんじゃねーよ!!

二人の後ろで怒鳴り声がしてさっきの男達がこちらに切りかかって来ました。

仁が面倒だと言った表情を浮かべつつ再び攻撃を受止めました。

そしてティルに尋ねます。

「まだ、いたのか?・・・どうするんだ?知り合いだろう」

「知り合いじゃないよ。急にその人達が襲ってきただけ」

仁はそうかと呟き二人を押し返しました。

「なら、片付けてしまおう。時間の無駄だ」

「うん♪」

やけに楽しそうにティルは頷き、銃を構えトリガーを引きました。
         
次の瞬間、リーダー風の男の左胸に大きな穴があきました。

状況がつかめないのか男は自分の左胸に触れ

驚きの表情を浮かべるとそのまま倒れました。

そして、1人残った男はそれを見ると顔を引きつられたまま

くるっと後ろを向き逃げ出していきました。

「良いのか?」

それを見送りながら仁がティルに問います。

「うん。湖、行かなきゃだし・・・じゃあね。おじちゃん」

ティルは手を振りながら湖の方へと駆け出しました。

しかし、湖には人影が全くありませんでした。

「違うのかな・・・」

「どうしたの?」

水辺に座り込んで溜息をついていると前方から声をかけられました。

しかし、前方は水のはず・・・

「へっ?」

ティルが顔を上げると写真の人が水から顔を出しています。

「見つけた★いいものくれる人」

ティルが満面の笑みで言うと女の子はポンと手を叩きました。

「あっ、あのメール見てくれたんだ」

ティルが頷くとそっかとティルの頭を撫で微笑みました。

「うん。じゃあいいものをあげる」

女の子は水の中に手を入れると小さな鱗を差し出しました。

「これ何?食べれるの?」

薄桃色のそれを受け取り、ティルは問いますが女の子はそれには答えず

「それ持ってると幸せになれるらしいよ。それと、このことは内緒だよ。じゃあね」

そういい残すと水の中に潜って行ってしまいました。

「幸せってのになれるのか・・・帰ったらおじちゃんにあげよっと♪」

ティルはそう呟くとポケットにそれを押し込み夕暮れの中、家へと急ぎました。
       

― そして、おじちゃんの前 ―

「これ、あげる」


小さな鱗をおじちゃんの前に差し出しティルは言いました。

「これは?」

「いいもの。持ってると幸せってのになれるんだって」

「・・・・・・・・・」

「?」

ほんの少しだけ目を見開いて若き社長はティルを見た後、彼女の頭を撫で微笑んだ。

「では、頂いておきましょう。

そのお礼と言っては何ですが一緒にご飯を食べに行きませんか?

もうすぐ私も区切りがつきますし…ね」

「うん★じゃあ、荷物置いてくる」

満面の笑みでティルは頷き社長室を出て行きました。

それを確認した後、社長は秘書を呼び、何事かを伝え鱗を渡しました。

秘書は一礼すると社長室を出て行きました。

一人、残った彼は口元に笑みを浮かべ誰にもきこえない位、小さな声で呟きました。
 
「幸せ・・・ですか・・・何をもって幸せと言うのでしょうね」


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