クリスマス・イブ


人間界には多くの行事がある。

特にここ日本は多いらしい。

正月・節分・ひな祭り・・・細かく言い出したらキリがない。

で、今日はその集大成とも言うべき(?)クリスマス・イブっていうやつだ。



「はぁ〜」

人間たちがどんなにうかれていようが俺たち死神の仕事に休みはない。

「何で年の瀬ってのはこんなに仕事が多いんだよ」

「そんなの本人達に聞いてください」

俺の横で駅長がぐったりした声を上げる。

クリスマスといえど、世は年末。なぜかは知らないがこの時期、死者の数は激増する。

それに伴って俺たちの仕事も激増しこんな状況が生まれるというわけだ。

今日はその傾向が特に強く、ノルマは半分しか終わっていないのに俺たち二人はもうヘトヘトだった。

「正直シンドイな」

「ですね」

それ以上言葉が出てこない。雪の冷たさを心地よく思いながら俺は時計に目をやる。

そろそろバイトに戻らないといけない時間だ。

「じゃあ、俺行くわ」

「あっ、はい。頑張って下さいね」

「おぅ。あんたもお守りよろしくな」

待合室にいる連中の顔を確認しつつ俺はそう言った。

今いるのはおとなしい奴らばかりだから多分問題ないだろう。今のうちにゆっくり休んでくれ。

そんなことを思いながら俺は雪の中に翼ををはためかせた。



バイト先までもう少しといった所で俺の元にカラスが一羽やってきた。

「? どうした?」

カラスは俺の肩につかまると閻魔大王の声で話し始めた。

「今夜、閻魔庁大会議場にて忘年会を行う。全員出席するように」

それだけ伝えるとカラスは何事もなかったかのように俺の元を飛び去っていった。

「この忙しい時に・・・」

ぼやきはするものの忘年会とはもともと年の瀬にやるものだ。そこはいい。

だからといってなんでよりにもよってこの一番忙しい日にやるんだよ。

泣きそうになりながら俺はバイト先に電話をかけた。

はっきり言ってバイトをしながら忘年会までに仕事が終わるとは考えられない。

って言うか、無理な話だ。

「あの・・・今日の午後、休暇が欲しいんですけど」

「何で?」

きっと断られるだろうという淡い期待を持ちながら俺は事情を話した。

今日は確か夕方から大口のパーティが入っていたはずだ。

いくらなんでも居候先の手伝いが抜けられないんじゃ仕方ない、これで大手を振って忘年会がサボれる。

ところが、あの店長はあっさりと、それはそれはあっさりと

「そうか、じゃあ仕方ないな。楽しんで来い」

と言いやがった。

かくして俺は行きたくも無い忘年会のために仕事を急いでこなさなくてはいけなくなった。



本日最終の電車は多量の死人で朝の通勤ラッシュ並の混雑を見せた。

それもこれも、俺と駅長の苦労あってのことである。

必死で仕事を終わらせ時計を見ると時間は夕暮れ。もうすぐ宴の時間だ。

「急ぎましょう。遅れちゃいます」

駅長はそう言って愛用のべスパにまたがった。

忘年会が楽しみらしい彼の声には午前中とは打って変わって生気が宿っていた。

俺はそんな彼に悪いと思いながらも憂鬱なまま頷き、霊界へと進路をとった。



会場は、各部署の者達であふれかえっていた。それもそのはず。忘年会は毎年通り全員出席が原則。

どうしてもはずせない夜勤と特殊な事情が無い限り欠席は許されていない。

俺は適当に挨拶回りをすると窓際に逃げ出した。

グラスを傾けながら宴を興味なさげに傍観する。

閻魔庁の敵であったはずの俺がいつの間にやら、閻魔庁の忘年会に出席している。

なんて滑稽な運命だろうと思った。こんなの笑い話にもなりやしない。

「何を一人で笑っている。不気味だぞ」

隣にはいつの間にやら上司の姿。

「別に」

表情を改めようともせずにそう答え、酒をあおる俺の隣で上司は続ける。

「嫌い・・・いや、苦手か?こういうのは」

「わかってるのにいちいち聞くなよ」

少しむっとして答える俺に上司は新しいグラスを差し出した。

「そんなことはないと思ったんだがな」

「あぁ?何だって?」

「地上のお前はえらく楽しそうじゃないか?あった頃とは大違いだ」

「? そうか?」

否定したいはずの言葉なのに俺はなぜか出来なかった。

違う。出来なかったんじゃなくてしなかったんだ。

心のどこかで上司の言っていることが本当かもしれないと思った。



昔、俺は毎日殺しをして日々をすごしていた。

人、妖怪、命あるものは何でも殺した。おかげで俺の周りには誰も寄り付かなくなった。

殺しは楽しくもなんともなかったが、死の刹那に現れる相手の本性を見るのが楽しかった。

偽善という名の仮面がどんなに頑丈だろうと死の恐怖には勝てない。

俺は誰にも負けなかった。『死』なんかちっとも怖くなかったからだ。



「そういえば・・・」

俺は呟いた。

「あんたと会ったのもこんな雪の日だったな」

「ああ。そういえば、そうだったかも知れん」

こともなげに上司は返してくるが、この男に初めてあった日、俺の運命が変わった日も確かにこんな雪の日だった。

「ありがとな」

「何のことだ」

「拾ってくれてさ」

上司は何も言わないまま酒をあおっただけだったが俺は言いたいことを言ったので満足してる。

「じゃ、俺帰るわ」

宴に目をやればもう終盤に差し掛かったところだ。帰っても文句は言われまい。

「ちょっと待て、俺も行く」

「いいのかよ。中間管理職様」

「問題ない。俺の仕事は不肖の部下どものおもりだからな」

俺の見張りを口実に抜け出す気か?ずるい奴め



人間界へのターミナルは無人だった。

「じゃあ俺は帰るから」

とりあえず挨拶をして俺は翼を具現化させる。

「そうだ。これをやろう」

思い出したように差し出されたのは見たことのない白い花。

「?」

不思議そうに首をかしげる俺をおいたまま上司は一言だけ言って立ち去った。

「クリスマス・ローズだ。人間界に戻ったら誰か詳しい奴にでも聞け」


バイト先に戻るとさっそく俺は店長に花を見せ概要を説明した。

すると店主はその場で笑い始めたのだ。

「何で笑うんだ?」

「それの花言葉って知ってるか?」

花言葉?そんなの知ってるわけない。

「それの花言葉はな・・・・・・・」

次の瞬間、くだらなさのあまり笑うしかなかった。


クリスマス・ローズ

花言葉:私の心配を和らげて


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